相続放棄は家庭裁判所への申述で行いますが、一旦行った相続放棄を取り消すことができるでしょうか。民法第919条1項で
「相続の承認及び放棄は,第915条第1項の期間内でも,撤回することができない。」
と定めておりますので、一旦相続放棄をすると後から気が変わって「やはり相続したいので放棄を取り消す(撤回する)」といってもそれは認めないというのが民法の立場です。
それは、一旦相続放棄がなされれば、ほかの相続人はそのことを前提として遺産分割をするため、後から相続放棄を取り消し(撤回)できるとすると、著しく法的安定性を害することになるからです。
しかし、誤った情報を伝えられたり、騙されたり、脅迫されたり、錯誤に陥ったりして相続放棄をしてしまった場合のように、放棄をしてしまった人にも組むべき事情がある場合には、民法第919条2項で
「前項の規定は,第1編(総則)及び前編(親族)の規定により相続の承認又は放棄の取消しをすることを妨げない。」
として、相続放棄の取り消しを認めております。
取消の手続き
家庭裁判所への申述
相続放棄と同様、家庭裁判所への申述という形で行われます。
申述がなされると、裁判所から申立人あてに取り消しのいきさつについての照会が書面でなされます。
相続放棄の取り消しは、前述のように法的安定性を害するおそれがある行為であり、裁判所としてもその受理は慎重になる傾向にあり、書面審理だけでなく、なぜ、取り消すことになったかについて審尋(口頭での質問)がなされる場合もあります。
尚、家庭裁判所に相続放棄の申述を行っていたとしても、まだ申述が受理されていないのであれば、相続放棄の申述そのものを取り下げることが可能です
申述が受理されると裁判所から「相続放棄取消申述受理通知書」が発行されます。
取消しのできる期間
騙されたとわかったとき(または脅迫状態を免れたとき)から6ヶ月間です。この間に行使しないときは、時効によって取り消しの権利が消滅してしまいます。
また、放棄のときから10年を経過したときも同様に消滅します。
取消の効果
話が少し複雑になりますが、以上のような、裁判所における審尋を経て、相続放棄の取り消しが受理されたとしても、それで相続放棄を取り消したという効果が確定したわけではありません。
裁判所による相続放棄の取り消しの受理というのは、法的に相続放棄の取り消しを確定させる効果があるわけではないため、後日、ほかの相続人などが相続放棄の取り消しの効果を争ってきた場合には、改めて裁判によってその有効・無効が確定されることになります。
取消が認められるケース
(ケース1)
父親が負債1500万円を残して死亡しましたが、財産らしきものが時価1200万円の自宅だけだと思い、父も生前から「赤字だ」と言っていたことから、面倒なことに巻き込まれるのも嫌だと思い、相続人全員が相続放棄しました。しかしその後、時価1000万円相当の上場株を持っていることが判明しました。相続放棄を取り消したいのですが・・・・
⇒この場合は、取消(撤回)はできません。これは単なる勘違いで、このような場合に取り消しを認めると、民法が第919条1項で「相続の承認及び放棄は,第915条第1項の期間内でも,撤回することができない。」と定めた意味がなくなってしまいます。このようなことが起こらないためにも、相続放棄は事実をしっかり調査したうえで行うべきです。
(ケース2)
父親が自宅不動産と預金500万円を残して死亡しましたが、子供は母親に全部相続させたいと考えていたところ、叔父さんのアドバイスで子供は全員相続放棄して母親に相続させることにしました。ところが、放棄後不動産の名義を変えるために司法書士のところへ行ったら、子どもが全員相続放棄すると父親の兄弟が相続人になるということを知らされました。これでは子供が放棄した意味が全くないので、相続放棄を取り消したいのですが・・・
⇒この場合取消ができるかどうかは、微妙です。子供が相続放棄すると相続分は全部母親に行くのではなく、(直系尊属がいない場合には)父親の兄弟姉妹が相続人となります。民法は第919条2項で
「前項の規定は,第1編(総則)及び前編(親族)の規定により相続の承認又は放棄の取消しをすることを妨げない。」
として、詐欺を理由とする相続放棄の取り消しを認めておりますので、叔父さんの誤ったアドバイスを詐欺行為とみなして取り消しを主張することになるでしょうか。それにしても叔父さんに騙す意思があったかは微妙です。ダメもとで取り消しを主張してみるという選択が良いのではないでしょうか。
(ケース3)
父は私の兄と北海道で商売をしておりましたが、先日死亡しました。私は大学入学で上京して以来30年間実家にはほとんど帰っていませんでした。兄が言うには、父には負債が3000万円くらいあり財産は、時価1500万円の不動産と500万円の預金だけなので、お前には迷惑をかけたくないから相続放棄してほしいということでした。兄の説明を信じた私は、家庭裁判所で相続放棄の手続きをしました。ところがその後、父には2000万円相当の投資信託がることが分かりました。相続放棄は兄に騙されてしたのですから、取り消したいのですが・・・
⇒この場合は取消が認められます。兄が詐欺をしているところ、民法総則には詐欺による取消の規定がありますので、この規定を根拠に相続放棄の詐欺取消が可能となります。